オリエントと地中海世界 第一章

4.オリエント世界の風土と人びと

オリエントの風土

オリエントとはラテン語で日の昇るところという意味です。

古代ローマ人が名付けました。古代ローマ人の住むイタリア半島から見て、東(日が昇る方向)の地方を指した言葉です。

現在の中東(ちゅうとう)と呼ばれるあたりで、西洋(Occident=オクシデント)の対語でもあります。

中東を地図で見てみましょう。

GoogleMap

中東(ちゅうとう)-Googlemapより

現在中東と定義されるのは、北はトルコ、南はイエメン、東はアフガニスタンを含む地域です。

黒く囲った場所が、中東と呼ばれる地域。アフガニスタンを少し含んでいるのはわざとです、アフガニスタンも少し含みます。

 

日本人からすると怖いイメージがあるようですが、間違ったイメージです。

特に、イラン、サウジアラビア、イラク、シリアあたりは常に紛争が起こっているので怖いイメージがあると思いますが、年がら年中戦争をしているわけではありません。

この地域は世界史上非常に重要な地域で、特にトルコ、シリア、エジプトはこのあとの世界史に頻繁に登場します。

なんとなくでも良いので場所を確認しておいてください。

 

オリエント地方は、この中東を含んでもう少し広い地域をとると思っていればOKです。

明確にオリエントはここからここまで、というものはないので、このあたりをもう少し広めに見る、という感じです。

オリエント、と言われてスペインとかアメリカをイメージするのではなく、トルコとかエジプトとかそのあたり、というふうにイメージできればまずはOK。

 

気候の特徴は、砂漠・草原・岩山が多く、気候は雨が少なく、気温が高い。

ひつじやラクダを飼育する遊牧生活が中心で、海沿いの地域、河川流域の平野、オアシスなどで、麦や豆類、オリーヴ、ナツメヤシなどを栽培していました。

 

歴史は、地域の環境や、気候によって大きく左右されます。

簡単に言えば、資源が豊富であれば人が集まり、国として強くなります。

資源が少なければ、他国から資源を奪わなければならなくなります。

 

そのため、地域的な特徴もなんとなくでもイメージしておくと歴史がわかりやすくなります。

でも、一度に全部やろうとしなくて大丈夫です。エジプト、と言われればなんとなく砂漠、と思うくらいで大丈夫なので、あまり難しく考えずなんとなくそんなもんか、でOKです。

 

メソポタミア地方と肥沃(ひよく)な三日月地帯

オリエント史で重要なのは、メソポタミア地方です。

メソポタミアとは、川の間の地域という意味があるのですが、その名の通り、ティグリス川・ユーフラテス川の間とその周辺の地域を指します。

現在の地図でいうとほぼイラクのあたりです。地図で確認しましょう。

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メソポタミア-Googlemapより

赤いAがティグリス川、黄色のBがユーフラテス川です。

メソポタミア地方は、肥沃な三日月地帯(ひよくなみかづきちたい)と呼ばれる地域に含まれます。

肥沃な三日月地帯とは、ペルシア湾、シリア、パレスチナ、エジプトの辺りを含む地域で、農耕文明が早くから発達した一帯を指します。

厳密な定義があるわけではありませんが、周辺の砂漠地帯と大河地帯の特色を表す言葉として用いられています。

 

地図で見ると以下のあたり。

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肥沃な三日月地帯

ちょっと無理やりな感じで、三日月形にしました。ほんとうにだいたいこんな感じ、でイメージしておけば大丈夫です。

本によっても、とらえ方の違いで上記の地図よりかなり広くなったりもしますので、大体この辺、ということで覚えておいて下さい。

肥沃な三日月地帯では定期的な増水を利用し、早くから灌漑農業(かんがいのうぎょう)が発達しました。

農耕文化が成立し、狩猟・採集の獲得経済から農耕・牧畜の生産経済へと移行したわけです。

灌漑農業とは、水をコントロールして行う農業のことです。

水をコントロールすることが、人類にとってのまず最初の大革命なのです。

どのくらい凄いことだったのか、話を進めましょう。

 

定住社会の発達

ティグリス川・ユーフラテス川・ナイル川は定期的に増水し、洪水が起こることで、上流からの栄養を含んだ水が溢れます。

そうすると土に栄養を与えることが出来るのですね。土地に栄養を与えることが出来れば、作物が毎年良く育つのでその場所から移動しなくてよくなります。

移動しなくて良い、ということは定住出来るということで、一帯には大規模な定住社会が誕生します。

 

これとは逆に、略奪農法だと土地の栄養を奪いとってしまうため、徐々に土地が痩せてしまい、定期的に移動しなくてはなりませんでした。

下記のリンクの記事に詳しく書いてありますが、ようするに同じ土地で、なにも考えずに作物を育てて収穫、ということをしていると、土地の栄養がなくなってしまうのです。

作物は土地の栄養を吸収して大きくなります。その栄養を人間が食べてしまうのですから、土地からは栄養がなくなります。

この栄養を補給するのが、肥料であったり、洪水によって運ばれる他の土地の栄養豊富な土なのです。

 

現代では、肥料や土壌改良という方法によって、土地の栄養を回復させることが出来ますが、この時代にはそんなものはありませんので、作物を育てて栄養を収穫したら、他の土地に移動して作物を育てる、ということを繰り返していました(略奪農法)

この生活だと、大規模な集団をつくることは出来ません。

1,000人で移動するのと、100人で移動するのとでは、100人の方が身軽です。

そもそも1,000人分の作物を作れる土地を移動するたびに探すわけにもいきません。

100人が住める広さの土地はそこそこあるかも知れませんが、1,000人となると、土地探しだけでもひと苦労です。

そのため、仮に大きな集団になったとしても、移動を繰り返すうちにもっと効率の良い小集団になります

 

ところが、作物をつくるために移動をしなくて良い、さらにそこで作物が毎年ちゃんと収穫出来る、となれば、周辺地域からもその作物を目当てに移住してきます。

作物が毎年問題なく収穫出来るのだから、移動をするよりもその土地をさらに広げてより多くの作物を収穫できるようにしたほうが良いですね。

そうすると、それぞれが協力するようになります。

協力体制をつくる、ということは役割分担がうまれるということにつながり、統率役=リーダーが生まれるということになります。

さらには、労働者の管理や、倉庫番、という役割も存在するでしょう。つまり、自分が直接作物をとらなくても、食べていける人たちが出てくるわけです。

これは、人類にとって革命的な出来事です。役割を果たす代わりに、食事を提供してもらう、という現代社会の基礎となる仕組みができあがった時代なのです。

 

現に、これを読んでいるあなたが、農家や酪農家、漁師といった第一次産業の職業でなければ、自分で直接食べ物は収穫していないでしょう。

ほとんどの人がお金と食べ物を交換しているはずです。

 

さらに詳しく知りたい場合は以下の記事を参考にして下さい。

2.文化から文明へ - まとめない世界史
参照:【2.文化から文明へ】2.獲得経済から生産経済へ

農耕・牧畜の開始-人類の大変革 氷期が終わり、海面が上昇する 約1万年前に氷期(ひょうき)が終わります。氷期が終わると何が起こるでしょうか? 氷期の頃は海面がかなり下にあったとされています。現在の海面

記事を読む

 

複雑な歴史を繰り広げるメソポタミア

メソポタミア地方は紀元前3,000年ころから、都市文明が栄えます。

この背景には、灌漑農業が発達したためにおきた、定住化社会=移動しなくて良い社会の発展がありました。

都市文明が栄えるということは、それだけ人や食料といった資源、つまり、富(とみ)が集まっているということですから、その富を求めて、セム語系や、インド=ヨーロッパ語族の遊牧民が続々と移住してきます。

ちなみにセム語系というのはアフロ=アジア語族のことで、西アジアから北アフリカ一帯に、多く居住してきた人々です。

古代メソポタミア文明の担い手であった、アッカド人やアラム人、ヘブライ人、イスラーム教を創始し拡大したアラビア人もこの系統に属します。

様々な民族が流入してくる為に、この地方は複雑な歴史を繰り広げていきます。

現代までずーっと複雑な歴史を辿るので、この地域は世界史の中でもわかりにくい地域です。

その為、苦手とする人が多いのですが、読み進めていくうちにだんだんわかるようになりますので心配なく。

 

そもそも、世界史を一度教わっただけで全部わかろう、などというのはどだい無理な話なのです。

だから、いろんな世界史の本を読むと良いです。漫画でも、中世だけを切り取った歴史の本でもなんでも良いです。

全体を広く浅く知ったら、そのあと深く知っていけばいいだけの話ですので、このサイトを読んだだけで全部理解しなくても全く問題ありません。

なんとなく、そんなこと書いてあったなというきっかけが出来れば、そこから広がりますから大丈夫です。

 

高度な文明を築いたエジプト

肥沃な三日月地帯の西の一帯はエジプトです。

こちらも早くから文明が栄えた都市で、四代文明の一つですね。

四代文明は覚えていますか?メソポタミア文明・エジプト文明、インダス文明、黄河文明の4つですね。全部河川の近くです。

 

エジプトはナイル川の定期的な増水により、メソポタミア地方と同じように灌漑農業が発達、エジプト文明の誕生へとつながりました。

エジプトはナイルのたまものとは、古代ギリシアの歴史家ヘロドトスの言葉です。

ナイル川の増水による肥沃な土壌(どじょう)の上に高度なエジプト文明があることを示しています。

 

発展したエジプトはメソポタミアと同じように、富を求める異民族の侵入がさかんでした。

しかし、エジプトはメソポタミアとは異なり、周りを砂漠と海に囲まれていたため、エジプトは文明を破壊されること無く高度な文明を築くことが出来たのです。

このメソポタミアとエジプトを結ぶ交通路、シリア・パレスチナ地方にはセム語系の人々が住んでいました。彼らは地中海の交易に活躍しました。

世界史を勉強する上で、このような主要な交通路をしっかりチェックすることが大事です。
なぜなら交通路をおさえることが出来れば、交易活動によって、富を得ることができるからです。

シリア・パレスチナ地方に住んでいた人々は、現在ユダヤ人と呼ばれる人々です。世界の富豪の多くがユダヤ人ということを考えると、歴史の繋がりが感じられます。

この時代から富を築き上げてきているわけです。

 

王の誕生

灌漑農業とは水をコントロールして、農業を効率良く行うことでした。

水をコントロールする、というのを少し難しく言うと、治水(ちすい)といいます。

治水の技術は国を治めるのに不可欠な能力で、例えば武田信玄や加藤清正はこの治水の技術で国を安定させた人ですね。

いまだに、信玄堤(しんげんづつみ)と呼ばれる当時の治水技術が残っているくらいです。

治水や灌漑を行うためには、多くの人の技術協力が必要です。たくさんの人が協力するということは、それをまとめる人が必要になります。

この統率者が、やがて王となるのですが、どれだけ王が優れている人物だとしても、王のいうことを聞かない人はたくさんいます。

あなたの目の前に知らない人が現れ、「私は王だ、言うことを聞け」と言われたら言うこと聞きますか?聞かないですよね?

そう考えると、王は多くの人が知らないと全く意味が無い存在で、王とは権威そのものなのです。
多くの人が、あの人は偉い人なのだ、と思っていれば、その人は偉い人だ、ということです。

例えば、いま目の前にサウジアラビアの王族が現れたとしましょう。一人です。付き人もいませんし、ただ目の前にその人が現れたとします。

あなたはその人が、偉い人だ、と認識できるでしょうか?おそらく、出来ないですよね。
つまり、知られて無ければ権威も発動されない、ということです。

ちょっと難しい話になりますが、この辺りは突き詰めると非常に面白いです。

ものすごく簡単に言うと、有名であることは権威につながる、ということになります

 

王と神権政治(しんけんせいじ)

王とは権威であり、多くの人が知らなくてはなりません。そうでなくては誰も言うことを聞かないからです。

逆を言えば、多くの人が知っていて、権威のある存在であればみんな言うことを聞くということです。

そんな人いるわけないよ、と思うかも知れませんが、実はいるのです。

正確に言うと人では無いです・・・そうです、神です。

神様ならみんなが知ってるし、最高の権威を持っています。

 

神がいるということは宗教があるということです。王はこれを利用します。

オリエント社会でも自然信仰を始め、様々な神がいたと考えられています。
そして王も、神のひとりである、という考えで行われる政治が神権政治です。

神権政治神そのものが政治を行う、もしくは神の代理人が政治を行う、という意味ですので、古代日本の卑弥呼とは別物です。のあたりを同じと考える人がいますが、これは違います。

卑弥呼はシャーマンであり、神の声を聞けるだけ。
卑弥呼自身が神というわけではありません

余談ですが、日本人は、自分は無神論者で無宗教、と多くの人が思っています。
しかし日本には自然信仰の考えや、モノに感謝をする文化があります。

これはどこかで神の存在を信じているからです。

「神」とまでは言わなくても「想い」とか「恐れ」というものを委ねるのが宗教ですから、無神論者でも無宗教でもないと思います。

初詣や合格祈願は神頼みです。

神頼みを通して、自分を勇気付けたり元気付けるわけですから、祈りを捧げることで心の平安を得ようとする他の宗教となんら変わりません。

本当に神の存在を信じていないのならば、神社の鳥居やお地蔵様を何とも思わず破壊出来るはずです。
でも、さすがにそれはちょっと怖いですよね。私はそんなことしたくありません。

宗教、と聞くと日本では悪いイメージがつきまとってしまいますが、こうして考えると、宗教というのはもの凄く身近にあるものなのです。

宗教は歴史に深く関わってきます。

私も歴史をちゃんと勉強する前は、宗教は得体の知れないモノと思っていましたが、勘違いしていたんだなと思うようになりました。

 

宗教関係は面白い話がほんとうにたくさんあるので、それは後々の章でお話します。

 

簡単にまとめ

まとめない世界史ですが、簡単にまとめてみましょう。分かりやすさ優先です

古代オリエント社会では、定期的な増水により、灌漑・治水が発達
それらの地域は肥沃な三日月地帯と呼ばれ、メソポタミア地方、エジプトがこの地帯にあたる。

大規模な生産活動が可能となり、結果多くの人々が定住することが出来るようになった。
それらの人々を統率するため、宗教、神の権威を利用する神権政治が行われた。

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