先史の世界 序章

2.文化から文明へ

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農耕・牧畜の開始-人類の大変革

氷期が終わり、海面が上昇する

約1万年前に氷期が終わります。
氷期が終わると何が起こるでしょうか?

氷期は海面がかなり下にあったとされていて、現在の海面よりも140mも下にあった時期もあったのです。
その時代には、いまは海に沈んでしまっている陸地もたくさんありました。
遠洋航海技術がなかった頃の人類は、陸地が繋がっていたからこそ世界中に広がることが出来たのです。

氷期が終わる、ということは海面上昇を意味します。
海面が上昇するとまず陸地が切り離されます。

環境は大幅に変化します。

氷期が終わるということは、それだけ温度が上がるということでもあります。
これまで寒さのために育たなかった植物が、様々な地域で育つようになると、それを餌とする動物の生息域も広がります。
動物の生息域が広がると、それを食料とする人類の生息域も広がります。

つまり、温度が上昇→氷期が終わる→植物が育つ→動物が移動→人類も移動 という構図です。

さらに、陸地が切り離されるということは各地域の進化に差が生まれます。
暖かい地域と、寒い地域では環境への適応の仕方も変わってきます。

その適応の変化として、人類史上最も重要なことが起こります。
それは、農耕・牧畜の開始です。

獲得経済から生産経済へ

狩猟採集生活を獲得経済と呼び、農耕・牧畜による経済を生産経済と呼びます。
人類は、生産経済への大変革を成し遂げたのです。

もしも、生産経済への変化がなければ、人類は未だに日々の食料を追いかけるという狩猟採集生活をしていなくてはなりません。
日々、生きることに精一杯です。
今日のご飯は何にしようかなーなんてことは言ってられないのです。食べなきゃ死にます。
なんでもいいから取らなきゃいけないですし、人口も増加出来ません。

つまり、この生産経済への移行こそが現代社会の基礎の基礎、ということです。
生産経済が始まると、狩猟採集の為に移動生活をしなくても良くなりますから人類は集団生活を始めます。

今までは毎日獲物を探しまわっていた日々ですが、そうではなくなるのです。
畑をたがやして種を蒔いてある程度ほったらかす。暇な時間も出来ます。

そうすると、刈り取りを効率良くやろうと考え出します。刈り取ったものを運ぶ道具を作ったり、調理するための土器をつくったりする。こうして生まれたのが石斧、石臼などの磨製石器です。新石器時代の始まりです。

乾地農法と略奪農法

初期の農耕・牧畜生活を詳しくみてみましょう。
最初は、麦の栽培、やぎ・羊・牛などの飼育から始まりました。地方は西アジアから東地中海域が中心です。

雨水に頼る乾地農法で、さらに肥料を用いない略奪農法でした。
乾燥しているとかそういうイメージではなく、雨水に頼る農法が乾地農法という呼び名、ということで覚えてください。

略奪農法とは何かというと、肥料などを与えずに可能な限り連作をして、作物が育たなくなったら次の耕作地を作って、またそこで作物を育てる、という農法です。
しかしこの方法では土地が痩せてしまい、そのうち作物は育たなくなります。

土地が痩せるとは?

なぜ略奪農法では作物が育たなくなるのか?
それは土地が痩せてしまうからです。

では、「土地が痩せる」とはどういうことなのでしょうか?
植物の養分は、土の中の微生物が色々なものを分解して作られます。
微生物が分解、つまり、微生物のフンが植物の栄養なのです。

では微生物は何を食べるのかというと、枯れた植物であったり動物の死骸を食べるのです。

少しイメージしづらいでしょうか。例えば、森。
森はどうしてほったからしていても木が育っていくのか。
それは、枯れた木や落ち葉や虫の死骸、動物の死骸が栄養となっているからです。
枯れたり死んだりした植物や動物が、次の世代の栄養になっているわけですね。

こうしたサイクルを繰り返すことで、土は常に栄養がある状態を保てるのです。

食料を生産して出来たものを収穫するということは、このサイクルを壊すということです。
本来ならば枯れて土の栄養になるはずのものを奪いとってしまうことになります。

土の栄養をたっぷり含んだ米、野菜、果物は、放っておけばまた土の栄養になるはずのもの。
これを収穫して食べる。そうすると、土地に栄養が不足してきますね。
これが土地が痩せる、ということです。そして、土の栄養を奪うから略奪農法という名前なのです。

乾地・略奪農法から灌漑農法へ

略奪農法を続けていると、栄養を作り出す微生物がいなくなり作物が育たなくなります。
せっかく作った耕地も使えなくなるので、初期の頃は頻繁に耕地を移動する必要がありました。

その為、初期の頃の集落が大集落になることはありませんでした。
狩猟採集生活よりはかなりマシですが、土の栄養を略奪しつつ点々としていたわけです。

洪水が土に栄養を与える

「エジブトはナイルのたまもの」という言葉を聞いたことがあるかも知れません。

ギリシアの歴史家ヘロドトスの言葉ですね。エジプトは世界4大文明の一つです。
エジプトが文明を築けたのは、人が集まり、大集落を作り、そこに大国家を作れたからなのです。

エジプトの場所も確認しておきましょう。
地名が出た時に、地図が頭に思い浮かぶと話が頭に入りやすくなります。
嘘みたいな話ですが本当です。私も場所がわかるようになってから、かなり覚えやすくなりました。

egypt

エジプトは古代から中世にかけて重要な地域です。
旧約聖書の出エジプト記でモーセが海を割ったという話があります。
そのモーセが割った海は、エジプトの東にある紅海です。

エジプトはあとでたっぷりと出てきますので、場所だけ確認しておきましょう。
特に、地中海に面している、というのは非常に重要です。

エジプトと言えばピラミッドですね。
この記事は画像が少なめなので、息抜きに貼っておきます。
800px-All_Gizah_Pyramids

そのエジプトの人口を支えていたのが、ナイル川。
このナイル川は定期的増水して洪水が起こります。雨季によるものです。

ナイル川が定期的に洪水を起こすことで、土に微生物を持ってきてくれる。
そうすると、土地が痩せることが無いから、移動をしなくても良いというわけですね。
これこそがエジプトが大国となった原因である、と歴史学者のヘロドトトスが残しています。

灌漑農業の始まり

さて、乾地農法もさらに次の段階へと進化します。これが灌漑農業(かんがいのうぎょう)です。
簡単に言えば、人工的に水を供給する農業のことです。

エジプトの例でもそうですが、雨水に頼るだけの乾地農法では、そもそも作物が育ちません。
土に栄養を与える云々の話のその前に、水が必要なわけです。

これでは人口を支えることが出来ない。
そこで、人工的に水を供給する灌漑設備を整えることで、水不足を解消したわけです。
これによって、収穫量は増大し、さらに多くの人口を支えることが出来たのです。

集団の形成

こういった設備を作るには、共同作業が必要となります。
集団での生活は、こういった共同作業を行う上でも必要だったのです。

最初の灌漑農業はメソポタミアで始まりました。
ティグリス川とユーフラテス川に挟まれた地域で、いまのイラクにあたります。
メソポタミアとは川の間という意味です。場所も確認しておきましょう。

mesopotamia

現代の地図ですが、世界史の学習をする上では、世界地図のどのあたりにあるか、というのを把握することが大事なので、これで十分です。
あとで肥沃三日月地帯でも出てきますので、イラクがどこにあるのか、を抑えておきましょう。
左にあるのが地中海、ということがすぐわかるようになると、結構楽しいです。

ユーフラテス川の現在の姿もありました。
The_Euphrates_River-Iraq

綺麗ですね。画像を多用するのも、そのほうがイメージに残り易いからです。
ユーフラテス川と聞いてこの写真を思い出し、あ、そういえばイラクだったなーと。
そうすると、メソポタミア地方を思い出して、さらにそこから色々思い出せると楽しくなります。

国家の形成

こうして集団が大きくなると、それはやがて国家と呼ばれるものになります。
ここまで読んだあなたにはこういう考えが出来るはずです。

国家が生まれるためには、多くの人が集団を作らなくてはならない。
集団を作るには、その人口を支えるだけの食料が無いといけない。
食料を作り出すには、乾地農法と略奪農法では駄目だ。
乾地農法より、灌漑農業。さらに土には栄養を与える必要がある。

となると、国家はどこに生まれるでしょうか?
土に栄養を与えやすいところです。

それは川の近くです。
灌漑設備を作るには当然水の供給源が必要ですし、土に栄養を与えるには、川の水を使うことが手っ取り早いからです

だから、世界四大文明は川の近くで誕生します。

  • ナイル川にエジプト文明
  • ティグリス川とユーフラテス川の間にメソポタミア文明
  • インダス川にインダス文明
  • 黄河・長江流域に黄河文明

大河ではない場所に発生した文明

まとめない世界史らしくまとめずに例外にも触れてみます。
マヤ・アステカ文明とインカ文明です。

これらの文明は、発生した時期は少し遅れますが独自に発生しています。
そして何が例外なのかというと、川の近くでは無いのです。
高原・山麓地帯に独自に出現した文明なのです。

すでに発生した文明の影響を受けて成立していればミステリーにはならなかったのですが、独自に発生しているのです。
場所も確認しておきましょう。
マヤ文明・アステカ文明は大体現在のメキシコあたり。

マヤ文明はメキシコ東南を含む地域(B)、アステカ文明はメキシコの中央部(A)です。
ただし、今とは国境も違うので大体です。
大事なことは、メキシコがどこなのか、を抑えておくことです。

余談ですが、私は最初メキシコはアフリカ大陸の方だと思ってました。
いまは世界地図描けます。凄い進歩です。

maya-azteca

インカ文明はいまのペルーのあたりですね。
ペルーは南アメリカ大陸です。

inca

国家誕生の条件としては集団を作らなければなりません。
集団を作るには食料が必要です。しかし、四大文明と違って川が近くにありません。

さて、どうするか。
川が近くに無くても作れる食料があればいいわけです。

その食料は、現代社会では欠かすことの出来ないものですが、何かわかりますか?

マヤ・アステカ・インカを支えた食物

水が近くに無くても作れる食料、それはトウモロコシとジャガイモです。

マヤ・アステカ文明を支えた食料はトウモロコシ。インカ文明はジャガイモなのです。
もちろん、生きていくために水は必要ですから、独自の灌漑技術も発達させました。

インカ帝国では、水を張り巡らせる水路のあとが発見されています。
詳細については、またアメリカの話になったら触れるとしましょう。
それにしても、キープの発明もそうですが、古代アメリカ文明は非常にミステリアスですね。

貧富の発生

文明が発展する段階で、宗教と交易の中心である都市が発生します。
宗教や交易があるということは、食料生産者で無い物がいるということです。

どういうことかと言うと、宗教があるということは指導者がいるはずです。
指導者も食料生産活動をするとは思いますが、それだけをやっていたら宗教指導者にはなれません。
宗教指導者の役割は、人々に心の安らぎを与えることだからです。

つまり、人々に心の安らぎを与える代わりに、食料を農民や牧畜民から分けてもらうわけです。

さらに、交易があるということは分けてもいい食料があるということです。
つまり、これらは余剰生産品なのです。

狩猟採集生活を送っていたら必要な分だけ採集すれば十分。
多少の蓄えもあったかも知れませんが、狩猟採集の対象は動物の肉や木の実ですから、長期間の保存は出来ません。
もちろん、保存する技術もありません。

さらに食料を求めて移動を余儀なくされますから、たくさん蓄えたとしても持っていけません。

ところがです。これが生産するとなると話は別です。
生産しているものは穀物ですから、そんなにすぐには腐らない。
たくさん作って、万が一の場合に備えることも出来る。蓄えとは、すなわち富です。現代で言えばお金に等しい。

その余剰生産物で人をたくさん養うことも出来ますし、欲しいものは蓄作物と交換して手に入れることが出来ます。
これが貧富の差です。人類が生産を始めたからこそ貧富の差が生まれたのです。

狩猟採集生活の段階では貧富に差はありません。
リーダーであろうと、年老いていようと、みんな狩りには出かけます。
その日にみんなで必要なものをとって食べる。こういう生活です。

階級の発生、そして歴史時代へ

そして貧富の差が生まれると、これが階級へと発展します。
食料をたくさん作り出し、たくさんの人を養えるようになる人も出てきます。

たくさんの人を養えるということはすなわち富を持つものということです。
そうすると、その富を求めてもっとたくさんの人が集まってきます。

こうして、人を使って食料を生産するという支配者階級が誕生します。
初期の段階での階級は、貴族(神官)・平民・奴隷、という階級です。
貴族や富裕層、そして神官。これらが支配者階級です。

さらに、交易や支配には記録が必要となります。
交易では、何をどの程度売買したのか?どのくらい儲かっているのか?を記録する必要があります。
支配するためには、政治の記録や被支配階級の状況を把握するため、記録をつけるのです。

その為に文字が発明され、人類史は歴史時代へと突入するのです。

本筋とは関係ない話

歴史上の出来事には必ず因果関係があります。
教科書は、この因果関係が深くまで書かれない。
だから、わかりづらくなってしまうのです。

なぜ因果関係まで書かないのか?それを書いてるとこのサイトみたいになるからです。
多分教科書10冊分では効かないでしょう。そんなものを読む気にはなりませんね。
ちなみに、今回の記事だけで原稿用紙12枚分はあります。エライことです。

だからこそ、先生がいる。
先生の話をよく聞けば因果関係も話してくれているはずですし、もっと面白い話もたくさん知ってると思います。
少しでも興味があることがあったら、まずは先生に尋ねてみるのも良いかと思いますよ。

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